「落下の解剖学」※ネタバレあり

「落下の解剖学」を観てきた。なんとなく前回のパルムドール作品である「黄金のトライアングル」のようなカオスを期待していたが、割と手堅いつくりの映画だと思った。

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基本的なストーリーラインとしては、夫が転落死したことで、その妻サンドラによる殺人か否かを法廷で争っていくというものである。その過程で、家族の新たな「真実」が「息子の視点で」明らかになっていく、というものである。

なぜ息子の視点で、と書いたかといえば、息子からすると母の不倫や性的志向、父の精神疾患や二人の喧嘩の激しさなど、知らなかったことがたくさんでてくることが、あくまでも息子にとって衝撃であるという点だからだ。観客ももちろんこれらの事実を知らないのだが、そもそも観客からすると予告にあるような「幸せな家族像」を映画本編で読み解くことは難しい。むしろ最初から、どこかちぐはぐした家庭内が描かれており、驚くというよりは、まあそうだよな、という感想だからである。

この点で、息子はよりナイーブで、彼は口論をするものの、それほど激しい喧嘩をしていると知らなかったし、母も父も自分が想定していた両親の像と異なる像が裁判で提示される。そこをどのように折り合いをつけていくか、という過程においては、少年が大人になるというプロットとして手堅いつくりだと言えるだろう。

また別の側面としては、人はある事実にストーリーを読み込む、ということが1つの物語の核心になっている。夫は死に、確実な証拠もないなか、登場人物たちは各々が自分たちのストーリーを作り出していく。完成されたストーリーを各々が語る「藪の中」方式とはまた別の作りであり、出現する事柄にその都度ストーリーにあうよう解釈を加えていくというような流れで話が進んでいく。観る側としても、いずれのストーリーにものめりこめず、また、そもそもその事実にそのような意味付けが可能なのかも不明になってくる。このあたりのバランスは面白いと思った。一方、ラストは観客としては何もわからないまま終わるのだが、ここはもうひとひねりあってもよかったのではないかと思う。